香美町小代地区。
和牛のふるさと。
日本で最も美しい村。
先人の知恵が引き継がれる美しい暮らし。
この場所にはたくさんの魅力があります。
今回のお話を伺うのは、小林良斉さん。
この場所、小代で「小林景楽園」の代表として庭師のお仕事をしながら、「俺たちの武勇田」のメンバーとして棚田を維持する活動をされています。
実は、僕たちはこのインタビューをさせていただく前に一度だけお会いしたことがあります。
饒舌というわけではないのですが、深いところから言葉をやりとりしてくださっている印象で、その時は安心して話すぎてしまいました。
そんな小林さんに負けず、今日は小林さんの考えていることを引き出していきたい。
どんなお話が聞けるでしょうか。
まずは、「俺たちの武勇田」として棚田を維持する活動について。
小代にある「うへ山の棚田」。斜面に沿った狭いエリアに位置する集落を抜けると日本の棚田百選に美しい棚田が目に飛び込んできます。
39枚、3.1haと規模はさほど大きくないものの、斜面に畦が独特なカーブを幾重にも描き、前面に眺望が開けていること、休耕田がほとんどなくよく管理されていることなどが評価され、「日本の棚田百選」のひとつに選定されている。(香美町小代観光協会HPより)
休耕田、つまり稼働していない田んぼがほとんどないと書いてありますが、6年前に当時棚田を管理していた方が高齢のため農作業ができなくなってしまったそう。
「自分が若い頃から、この地域は過疎化高齢化が進んでもうダメだなっていう雰囲気が漂っていた。自分も最初はそれに流されて、同じように考えていたけれど、どっかで自分だけでも諦めたくないなって思いはあったな」
そんな想いを持っていた小林さんが、地域の消防を背景とした場に棚田の維持の活動を提案することで動き出したのが「俺たちの武勇田」。
現在では棚田の管理だけでなく、田植え体験をする学生の受け入れなどを行なっています。
活動を続けていくために小林さんが大切にしていることが「楽しむこと」。
「楽しまないとね。
視点を変えて見ると、この活動はそれぞれの休みの時間を割いてもらって成り立っている。
楽しいと思って活動していかないと続かない。」
「それぞれの得意なことを生かしたり、できるときにできるひとが活動する雰囲気になっているのも、一人がずっと頑張りきるようにしちゃうとしんどくなるから。
活動の中に楽しめる要素を自分たちでつくるようにはしているかなぁ。」
ここで大切なのは小林さんが大切にしている「楽しむ」という言葉の定義。
それは、ただ仲間と笑えている時間を表現しているだけの言葉ではありませんでした。
お互いがお互いの存在を、そして自分たちの活動がだれかから、認められた瞬間に心が満たされる感覚。
それを引き出すことに、小林さんは「楽しむ」という名前をつけていました。
そんな前向きな感情を大切にしたいという考え方が、言い出しっぺの小林さんの根底にあること。
その考え方を共有することができる、人が集まる「場」が存在したこと。
そうしたことを基盤にして、この場所ではまちのためになることが、住んでいる人の「楽しい」の先にありました。
様々ある理屈や方法論ではない、まちづくりの自然なあり方な気がします。
この「俺たちの武勇田」のお話や、小林さんの雰囲気から思いついたことがありました。
楽しもうという考え方や、あるものや人のできることを生かしていこうという発想が、庭師というお仕事につながっている部分がありそう。
小林さん、完全に僕の想像なんですがどうでしょう?
「確かに…。
あるものを配置換えすることで、新しい空間を作り出す仕事の方が好きだし得意。
景色をパッと見て、あそこにちょっと手を加えたら劇的に良くなるんじゃないかっていうのがわかる。」
「新しい資材をたくさん買って来て庭を作るという仕事のあり方もあるけれど、改修とかの方が自分センスあるなって思う。(笑)」
やっぱり。
なんとなくそんな気がしたのです。
ここで小林さんが庭師というお仕事に就かれた経緯を少し。
小代を出て、大阪の大学に進まれた小林さん。
4年生になり、スーツを着て就職活動をしていたそうです。
でもどこかで「ものを作り出す仕事」への憧れを抱いていた当時の小林くん。
そんなある日の、電車に乗っていたとき。
「電車の中から庭が見えて『あ、庭師なろって』。(笑)」
え?
本当ですか?
「そんなもんだ。(笑) ひらめきひらめき。」
同じように就職活動をしている身としては信じられないお話。
僕たちがぼんやりと抱いている「こんな生き方ができたらいいな」に手を伸ばすことは、今からでもできるのかもしれない。
お父さんの「帰ってこい」という言葉もあり、もともと地元への愛着があった小林さんは小代に帰ってきます。
そして和田山にいる師匠の元で修行を積み、庭師になったそうです。
衝撃の思い切りの良さ。
でもその後、いろいろな葛藤があったそう。
特に感じたのが自分の商売を経営していくということの難しさ。
「難しいのが、修行で培うものづくりのセンスと経営のセンスは違うものだということ」
ふむ。
「最初のうちはいろいろ苦労したけれど、経営していくには自信が必要っていう感覚に行き着いた。」
「自分が持っているものや仕事に対して自信を持って、それに見合った対価をいただくという気持ちを持っていないと経営は成り立たない。」
なるほど。
でも、自信を持つって言葉にするのは簡単ですけど、とても難しいことのような気がします。
「それは、自分のどこを見てあげるかってことだと思うな。」
「人にはできることできないことがあるから。
不得意な部分に焦点を当てて、自分はダメだって思いがちなんだけれど、そこに焦点を当てているとしんどくなっちゃう。
自分はこれができる、これはできないっていうのを、自分の中ではっきりさせて、得意なもので進んでいけばいい。」
「って20年前の自分に言ってやりたい。(笑)」
「わかったようなこと言うだろ?(笑) でも今でも苦労しとるよ。」
自分の中のタネを見つけること。
それを自分の大事なものだと認めて、育てること。
自分のタネはこれだって言い切るのは勇気がいる。
それでお金をもらうとなったら尚更。
そこを踏み出して、胸を張っていこうよって背中を押される感覚がありました。
模索し続けている小林さんだから言える言葉の重さと力強さに背筋が伸びます。
お仕事のお話を伺っていたのですが、驚いたのが季節によって働き方が変わるということ。
冬になると雪で庭師としてのお仕事が滞ってしまう。
一方でお盆期間になると、「ノイローゼになりそうなくらい電話がかかってくる」状態。
そのために、
「夏、自分の本業の手が空いている人が手伝いに来てくれて、冬には僕のところのスタッフが忙しい人のところにお手伝いに行ったりして成り立たせてるな。」
「いろんなことをしている人が増えれば増えるほど、助け合いながら暮らしていけるというあり方ができるんだろうなーと。」
「できれば僕もその輪の中に入って、持続させて生きたいなって思う。」
そんな風にコミュニティとひとりひとりの仕事が結びつている地域では、1つの仕事がなくなることがそれ以上の意味を持ちうる。
小林さんが働きながらも地域を考えているのは、仕事と地域が連動していて、コミュニティに基づいて仕事をされているからなのかもしれません。
ただ助けてもらうだけではなく、高齢化・過疎化が進んで行く中でどうやって仕事を作っていくのか。
そんなことを考えて小林さんが最近始めたのは、山の木を切って薪にしてそれを売るという商売。
「まだまだ本格的ではないけれどね。
1つの収益を上げる方法であり、鬱蒼とした景色をより良くすることになったり。『どっちもええやん。これやろ。』ってなって。(笑)」
そういうのって偶然の発見なんですか?
「そうそう。『冬マジでどうしよう、やばいなぁ』って考えていた時に、なんかパッとつながって。」
「人間な、窮地に落ちいったときのほうが考える。(笑)」
季節によって収入源が変わる働き方や、自分で仕事を作り出していくということ。
正直、お話を伺っただけでは自分がそうした生き方をしているのは想像がつきません。
でも、そうした環境の中で工夫することのしんどさと楽しさの一端が垣間見えた気がしました。
そして、強く感じたのは、小林さんがこの小代という場所で生きているのだということ。
お仕事に限らず、暮らしや意識が小代という場所と深いところで結びついていることをインタビューを通して感じました。
そんな感想をぶつけると、
「僕の柱は地域のことしかないからな。」
と言いながら笑う小林さん。
小代という場所が人を惹きつけるのは、住んでいる人の言葉にできない魅力にあるのかもしれない。
そんなことを思わせてくれる笑顔でした。
小林さんは、小代と一緒に生きていました。
◯小林さんから学んだこと
地域には季節に合わせて働き方を組み合わせていく生き方があるということ。
雇われて働くと言うことが頭のどこかに住みついている僕からすると、季節に合わせて働き方・生き方が移ろっていく生活があるということが新鮮でした。
そして、その生き方は自分1人ではできないものであるということも同時に教えてくださいました。
そのことを小林さんは、「クロスした生き方」という表現をされていました。
そうした働き方は、コミュニティにいるひとりひとりを基盤に成り立つものであるということ。
コミュニティとの関わりや工夫を煩わしいものとした先に、いまの「あたりまえの働き方」があるのかもしれない。
けれどそれをもう一度見直してみることで、「暮らす」と「働く」の古くて新しい関係が見えてきそう。
直感を正解にしていくということ。
ひらめきで庭師になられたというお話はとても衝撃でした。
思いついたことには不安がつきまとうけれど、それを信じてどうやって正解にしていくのかという発想の力強さは見習いたいな。
自分のタネを見つけよう、ということ。
そんな直感の基盤には、自分が持っている「好き」や「興味」、「得意」があるというお話をされていました。
自分のタネを「これ」と認めてあげて、育てていくこと。
その先に、自信を持てる自分が待っているのかもしれません。
そしてなにより、楽しむということ。
働き方も直感もタネを育てるということも、小林さんは「楽しむ」という言葉をそれぞれの根底でとても大切にしてらっしゃいました。
自分やチームの本当の意味での「楽しい」を見つけて、提示し続けること。
いちばん印象に残った、小林さんからのメッセージです。
(文:芝田 昂太郎)
小林景楽園
代表:小林良斉 |
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